子どものころの出来事はよく覚えている。友だちや先生の顔、交わした会話、握った手、流した涙。けれど、実家の家の壁の色や、重くて開きにくかった玄関、住宅地の石垣や、道ばたの草むらのことは、うまく思い出せない。記憶を物語として語ろうとするとき、そうした風景はいつも、知らないうちにこぼれ落ちてしまう。 本作で著者は、自らの記憶を田河水泡を思わせる平明な筆致で、前景と後景を分けず、できるだけ平らに描いていく。それによって、未回収の風景がありありと立ち上がってくる。それは個人の記憶でありながら、読む人それぞれの「かつて見ていた風景」のようだ。