送料無料という呪詛

 生活綴方のオンラインストアの送料設定についてよく考えて、答えを出し、そして技術的にも解決できた日だった。

 このオンラインストアは、1週間ほど前ようやく出来上がったとき、仲間に試用版を見せようと一時的にメンテナンスモードを外しておいたら注文がどんどん入ってきてしまい、なし崩し的にプレオープンしてしまって今に至る。一冊二二〇円という送料もあまり良く考えずに設定したもので、少なくとも利益を削らないための設定でしかなかった。実際はもう少し低く抑えることを考えていた。

 Amazonや、最近では楽天などが「送料無料」と謳うとき、それは送料をこちらで負担します、お買い上げいただく方には負担させませんということであって、流通の担い手である日本郵便やヤマト運輸ら発送業者が無料にしますと言っているわけではない。例えばスポーツジムの入会金無料とか理容店のシェービング無料なら理解できる。無料と謳っていいのは、その担い手だけだ。無料と見せかけることで、その労働は社会的になかったことにされてしまう。マルクスのいう疎外とはまさにこのことである。この数年で深刻化している運送業におけるドライバーの不足は、こういうところにも原因があると思う。人間らしく働くためには、賃金が支払われるだけでは不足である。「郵便屋さん、ヤマトさん、こんなコロナ禍のなかでありがとう」と感謝の言葉をツイートするのも構わない。しかし本当に彼らを感謝するなら、私たちはまず先に、送料無料という言葉は呪詛であることを理解しないといけない。

 であるからして、生活綴方のオンラインストアでは、送料をできる限り実費でお支払いをいただくことにした。たいていの本はA4サイズの厚紙封筒の中に二冊入れることができる。日本郵便のサービスであるクリックポストを使えば、一九八円で発送できる。発送資材は三〇〜四〇円だから、二冊の本を送るのに税込合計で二三〇円ばかりの費用がかかる。ゆえに、送料は切りよく二〇〇円(税抜)とした。

 二冊毎に二〇〇円。これをオンラインストアのバックエンドで設定するにはどうすればよいかわからなかった。一冊いくら、一律いくら、あるいは売上の◯%、と送料を設定するのがシステムにおけるデフォルトである。この問題の答えを出すのに、かれこれ2週間ほど時間がかかっていた。結局見つけた答えは、重さで数える、ということだった。重さに従って送料を設定できることには気づいていたが、そもそも本は重さよりも大きさと数であるから、あまり意味はなさないと思っていた。書籍を実際の重さではなく一律で例えば一冊一キロとして、二キロまで二〇〇円、四キロまでを四〇〇円…と細かく入力しておけば、二冊毎に二〇〇円という送料を設定することができる。

 ちまちまとこんなことをやっていることは、少しも嫌いではない。そして、この努力を認めてくれとも思わない。しかし、黙っていてもいけないのだ。

 今日は自分以外の家族が集団寝坊してなかなか朝食がはじまらなかった。このままでは間食が昼飯になり、夕食が晩飯になると思って、11時ごろにパン(朝食)とごはん(昼食)の二食分を同時に食べた。その後、妻がたくさんカゴを買いたいというので新横浜のニトリに付き合った。明るいうちから唐揚げの準備をして、夜の帳が下りきったころに食べ始めた。