二五〇〇部

昨夜見た夢が脳裏に焼き付いている。実家(なぜか実家に帰省中)に迫りくる津波。泥水から逃げ惑う人々。崖上に建つ我が家(実家は平地、自宅は崖上なので設定が混交している)を守ろうと、流出寸前の家を父親が両腕で掴んでいる。やけくそになって、銀座の映画館へ逃亡する僕。世界の終末を映画館で迎えて、目が覚めた。「五時一三分」、いつもどおりである。

日中、生活綴方で並べていた『つなみ』(ジョイデブ&モエナ・チットロコル作/スラニー京子訳)を開いた。一昨年につくったときより、いま読むほうがビビッドに迫ってくる。

虫けらのように 命を落とすのが
それが定めというものか
あふれる涙がとまらない
救援 政治家 いかさま 詐欺師
がれきをかきわけ やってきた
あとどれだけ 耐えられるのか
明日をも知れない この命
つなみ
おまえは 荒れ狂う波

『つなみ』(ジョイデブ&モエナ・チットロコル作/スラニー京子訳)/三輪舎

 この状況で自然災害がやってくるのがとても恐ろしい。台風は年々規模が大きく上陸・接近する回数も多くなっているようにみえるし、豪雨や地震も頻発している。災害に遭えば避難所での集団生活が待っている。そうなればコロナ感染者が爆発的に増える。政治が今やらねばならないのはそこだ。政権に親しい人間を検察のトップに据えるための法律を作っている場合ではない。

 今日は一日仕事に集中できた。朝から出勤して、一五時過ぎまで仕事をした。『バウルを探して〈完全版〉』が大詰めである。悩んだ末に部数を決めた。当初予定していた二〇〇〇部ではなく、二五〇〇部である。支払いは当然増えるし、一時的に在庫も増える(五〇〇部を六畳間に置くとその存在の大きさがわかる)。

 しかし、これは賭け事ではない。売れるかどうかに賭けたのではなく、もう少し売ろうと思ったのだ。取引先のうち、三〇〇店舗以上が休業していても、コロナが収束したあと(どれだけそれが先になろうと)書店を回って、こんな本ができています、きっと多くのひとの力になる本です、よろしくお願いいたしますと言いに行こうと思ったのだ。