『鬼は逃げる』制作を振り返る
詩人・ウチダゴウさんの詩のアンソロジー、『鬼は逃げる』を刊行します。企画を起こしたのがおよそ一年前。一年で本ができるというのは三輪舎としてはかなり早いほうなのですが、コロナ禍での本造りはとても長かった。ようやく校了を迎えたので、少しだけ振り返ってみました。
ウチダゴウさんとの出会いは、長野・松本の印刷会社、藤原印刷を介してだった。ふだんは関係者いがい立ち入ることのない工場を会場に、一般の人に開いたブックマーケットをしようという藤原印刷の試み「心刷祭」が、2019年の秋に開かれた。
三輪舎は、藤原印刷の藤原隆充さんが『本を贈る』の著者のひとりであったこと、またその年に刊行した『ロンドン・ジャングルブック』の印刷を手掛けてもらった縁もあって、出店者として招かれていた。そのときウチダゴウさんも、藤原印刷とは長らく仕事をともにされてきた縁で、出店者として名を連ねていたのだった。

ゴウさんからはじめてメールをもらったのは、出店者のリストが公になった頃だった。今度ご一緒しますのでよろしく、程度の、いまから思えば何気ないメールだったが、わざわざ連絡をいただいて、嬉しくないはずがない。せっかく松本へ行くのだから安曇野のアトリエへお邪魔したいです、と返すと、今後のことをちょっと話をしたいと思っていました、とすぐに返事がきた。
詩人ウチダゴウに対する当時の印象は、詩壇に属さず、独立した詩人で、長野をフィールドにしており、雑誌『nice things』の毎号の巻頭を担当している。かたわらその技能を活かしたコピーライティングやファッションに依らないグラフィックデザインで驚きを与える、いわば万能人。―― 正直、それまでの自分が生きてきたなかで会ったことのないタイプのひとで、こういうかたちで縁ができるとは思わなかった。
心刷祭の前日にアトリエを訪れた。そのときはお互いあまり時間がなくて、他愛もない話をしただけで、また出直します、ということにした。次に訪れたのは11月も半ば。横浜は秋でも安曇野は冬。日中はいい陽気だったのであまり考えずに穂高駅のレンタサイクルを借りて、有明地区にあるアトリエを訪れた(日が落ちてからアトリエを出て穂高駅に戻る中、寒すぎて耳がツンとした)。
このときは、具体的に詩の話、本の話をした。ゴウさんが自らのレーベルから出版した『空き地の勝手』のなかで好きな詩を見つけたこと、ここ最近の彼の手法のひとつである平仮名の詩のこと。三輪舎の本造りのことも話した。その流れで、「してきなしごと」が10年間積み重ねてきた詩の仕事を一冊の詩集にしましょう、ということになった。全詩集をつくろう、と。
こちらが横浜に戻ってのんびり考えているうちに、過去の詩をすべてまとめた圧縮ファイルが送られてきた。すべて印刷してみると、厚みが5cmになった。いろいろな意味で重い。今回、全詩集はあきらめることにして、アンソロジーを編むことにした。時間をかけて一片ずつ読んでいる間も、どんな詩集にするのがよいか、頻繁にメールでやりとりした。ぼくが2〜3日かけて返信すると、ものの2〜3時間で返事が来る。詩人ウチダゴウは仕事が早い。本文にも書かれているが、託された詩をどうやって選りすぐるのがよいか、ぼくは悩みに悩んだ。無数の事柄のなかから何かをつかみ取り、他の何かを選ばないときには、コンセプトが必要だ。無理なまとまりはいらないけれど、それなりに説得力をもった軸が必要だった。ひとつのコンセプトを選ぶと、選びたかった他の要素がするりと抜け落ちていく。長いトンネルを抜けても、その先にも、そのまた先にも、別の長いトンネルがあった。
ぼくは、自分の能力を超えた仕事にぶつかったとき、そのことを当事者に素直に表明することにしている(いままでの仕事はすべて自分の能力を超えていたのだが)。三輪舎が生き続けていくうえで、このことは不可欠なスタンスだ。ぼくは、その時の迷いと悩みを詩人に伝えた。その往復書簡だけでも結構な文字数になっただろう。そのなかで、「朗読会のような詩集はどうだろう」と提案した。すべての要素を包み込む、自由な枠組みをだった。二人して、それだ、と思った。
朗読会だから、詩を選ぶ役割はぼくから詩人へと移った。ゴウさんは朗読会を表現のひとつにしているから、お手の物だ(しかし、いつもの朗読会とは違って朗読する詩の数はおそらく5倍ぐらいになるだろう)。ここでも、彼の仕事はすこぶる早い。何回かの改変を経て、だいたいの輪郭ができた。朗読会だから、物語とリズムが調和していさえすれば、どんな詩でも収録することができた。
しかし、それだけではまだ顔がない。この朗読会=詩集はどんな顔をしているのか。具体的にいえばメインとなる詩(コンセプトとは異なる)であり、それがそのまま詩集のタイトルになるもの。やはり、このことについても無数のやりとりがあった。やりとりのなかで「絵に描いたような天の邪鬼ですね」と、そんなことをメールで書いたら、詩人は、これまでどこにも収録されてこなかった詩「鬼は逃げる」を引っ張り出してきた。ぼくは一読したあと興奮して、詩をA4の用紙にプリントし、恭しく事務所の壁に張った。
鬼は逃げる 鬼は 逃げる 意味と想像の 追っ手から 愛と悲しみに 満ちながら ただ 生きようとして 町から町へ 駆け抜ける 鬼は 逃げる 夢と希望の 延びる影から 闇と憎しみを 抱きしめて ただ 生き抜こうと 山を谷を 越えてゆく 鬼は 逃げる 光と正義の 振り翳す力から 温もりが 血のように 流れても ただ 切に生きたくて 地べたに 突っ伏し 這ってゆく 鬼が 命を持っている 新鮮な命を 無垢な命を あれは俺のだ 俺たちのだ 鬼を追え 奪え 殺せ 人はいつも 飢えた野犬のよう 鬼が 逃げる 心と命の 燃えるがままに だから 誰も救ってくれるな ただ 生きようとする者の 邪魔を するな
これで顔が決まった。4月2日、緊急事態宣言は発令されていなかったけれど、実質的に緊急事態真っ只中の春だった。
本来であれば、このあと出版に向けた実作業に入っていく。しかし、コロナ禍がどれだけ続くのかまったく見えない。出版社は、本屋は、本は、読者は、ひいては人間は、生き残ることができるのだろうか ――― そこまで大げさでもないけれど、限りなく漠然とした不安であるがゆえに、仕事があまり手につかなくなってしまった。
状況を見かねた詩人から、そろそろ、と促されたのが9月の半ば。正気をやっと取り戻して、原稿を通読した。すでに何度も読んでいたのに、はじめて読んだときのように興奮した。コロナ禍が長引くうちに忘れていた“live”、生(なま)の味わいを思い出した。「すぐ出版しましょう。素晴らしい朗読会に参加してきた気がします」と詩人に返事をした。
… すぐ出版しましょうと言っておきながら、ここから完成まで2ヶ月以上かかるわけですが、ずいぶんと素晴らしい本に仕上がりました。
今回、デザインを手掛けてくれたのは、ALL RIGHT GRAPHICSの髙田唯さん。詩人とは旧知の仲。ゴウさんはデザイナーでもあるから、してきなしごとのロゴを手掛けたり、今までもコラボレーションしてきた、いちばん信頼する彼に任せたいということで、お願いしました。いくつかの仕事を知っていましたが、今回の詩集にはぴったりだと思いました。本文組は、同じくALL RIGHT GRAPHICSの山田智美さん、デザインのコーディネートは髙田舞さん。表紙もさることながら、本文のデザインも必見です。ぜひこの本を、書店で開いてみてください。こんな本は知らない、とびっくりすると思います。
印刷は縁をつなげてくれた藤原印刷、製本は渋谷文泉閣とオール長野。まだ完成した本を見ていないので評価を控えますが、でてきた色校はさすがでしたし、何より藤原章次さんの細やかな対応には安心感がありました。髙田唯さんのデザインを印刷の現場から支えてくれました。
校正はおなじみ、牟田都子さん。ご自身の単著を執筆中で忙しいのに、いつもながら素晴らしい仕事でした。
とてもうれしかったのは、本書の出版を、小説家の梨木香歩さんが応援してくれて、推薦文を書いてくれたことです。
人生のいっとき 詩人になることはたやすい そういう人を何人も見てきた 心の叫びを 哀歓を 詩にしてきた若者たちが 就職し 家庭を持ち 生活のなかでいつしか 詩とは無縁の日々を送っている 詩人で在り続けることは かくも難しい 十年前 東京から松本へ移ったウチダさんに 詩人であることをやめないでください と私は 無責任にも いった たとえこの先 詩と無縁の生活を送ることになっても 詩人で在り続けることはできる そういう証が 欲しかったのだと思う ウチダさんは 生活も 仕事も 詩から遠ざけなかった 風から与えられ 自力でつかみとり 見い出したいくつものツールで 言葉の源流へと遡行する 長い長い 旅のために そういう詩人になった 梨木香歩
書店の店頭に並び始めるのは12/23(水)頃。クリスマスプレゼントにはギリギリ間に合うかどうか…。今後書店様より注文を募り、本ページにて取扱店を列挙してまいります。通販ですと以下のリンクより直接お買い求めいただけます。
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鬼は逃げる¥2,200
取扱店リスト
都道府県 | 市区町村 | 店名 |
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北海道 | 札幌市中央区 | MARUZEN&ジュンク堂書店 札幌店 |
青森県 | 弘前市 | まわりみち文庫 |
青森県 | 青森市 | 古書らせん堂 |
岩手県 | 盛岡市 | MORIOKA TSUTAYA |
岩手県 | 盛岡市 | ジュンク堂書店 盛岡店 |
岩手県 | 盛岡市 | BOOK NERD |
宮城県 | 仙台市青葉区 | ペンギン文庫 |
秋田県 | 秋田市 | ジュンク堂書店 秋田店 |
福島県 | 郡山市 | ジュンク堂書店 郡山店 |
福島県 | 福島市 | Books & Cafe コトウ |
栃木県 | 宇都宮市 | うさぎや宇都宮駅東口店 |
栃木県 | 栃木市 | うさぎや栃木城内店 |
群馬県 | 桐生市 | ふやふや堂 |
群馬県 | 高崎市 | REBEL BOOKS |
埼玉県 | 越谷市 | 東京旭屋書店新越谷店 |
埼玉県 | 新座市 | 東京旭屋書店志木店 |
埼玉県 | 川口市 | Antenna Books & Cafe ココシバ |
埼玉県 | 朝霞市 | チエノワブックストア(有限会社一進堂) |
千葉県 | 佐倉市 | ときわ書房志津ステーションビル店 |
千葉県 | 四街道市 | 蔦屋書店 幕張新都心 |
千葉県 | 市川市 | kamebooks |
千葉県 | 習志野市 | 丸善 津田沼店 |
千葉県 | 千葉市花見川区 | 本屋lighthouse |
千葉県 | 千葉市中央区 | くまざわ書店ペリエ千葉本店 |
千葉県 | 流山市 | 紀伊國屋書店 流山おおたかの森店 |
東京都 | 渋谷区 | MARUZEN&ジュンク堂書店 渋谷店 |
東京都 | 新宿区 | 紀伊國屋書店 新宿本店 |
東京都 | 立川市 | ジュンク堂書店 立川高島屋店 |
東京都 | 中央区 | 丸善 丸の内本店 |
東京都 | 中央区 | 八重洲ブックセンター本店 |
東京都 | 港区 | ブックファースト六本木店 |
東京都 | 港区 | 双子のライオン堂 |
東京都 | 港区 | BookshopTOTO |
東京都 | 国分寺市 | ブックス隆文堂 |
東京都 | 国分寺市 | 胡桃堂書店 |
東京都 | 三鷹市 | 青と夜ノ空 |
東京都 | 渋谷区 | 青山ブックセンター本店 |
東京都 | 小金井市 | くまざわ書店武蔵小金井北口店 |
東京都 | 新宿区 | くまざわ書店東京オペラシティ店 |
東京都 | 新宿区 | 芳林堂書店高田馬場店 |
東京都 | 新宿区 | かもめブックス |
東京都 | 新宿区 | ブックファースト新宿店 |
東京都 | 杉並区 | 本屋ロカンタン |
東京都 | 世田谷区 | 二子玉川蔦屋家電 |
東京都 | 世田谷区 | nostos books |
東京都 | 台東区 | 明正堂書店アトレ上野店 |
東京都 | 台東区 | Readin'Writin' |
東京都 | 大田区 | あんず文庫 |
東京都 | 調布市 | 本とコーヒーtegamisha |
東京都 | 武蔵野市 | ジュンク堂書店 吉祥寺店 |
東京都 | 文京区 | Pebbles Books |
東京都 | 豊島区 | 三省堂書店池袋本店 |
東京都 | 豊島区 | ジュンク堂書店 池袋本店 |
東京都 | 墨田区 | 書肆スーベニア |
東京都 | 目黒区 | SUNNY BOY BOOKS |
東京都 | 目黒区 | REWIND |
東京都 | 立川市 | オリオン書房ルミネ立川店 |
東京都 | 立川市 | オリオン書房外商センター |
神奈川県 | 横浜市中区 | 紀伊國屋書店 横浜店 |
神奈川県 | 横浜市港北区 | 本屋・生活綴方 |
神奈川県 | 鎌倉市 | ポルベニールブックストア |
神奈川県 | 厚木市 | くまざわ書店本厚木店 |
新潟県 | 長岡市 | 戸田書店 長岡店 |
富山県 | 富山市 | BOOKSなかだ掛尾本店 |
長野県 | 松本市 | 栞日 |
長野県 | 上田市 | 本屋未満 |
岐阜県 | 恵那市 | 庭文庫 |
静岡県 | 静岡市葵区 | 本とおくりもの ヒガクレ荘 |
静岡県 | 静岡市葵区 | ひばりブックス |
静岡県 | 浜松市中区 | 谷島屋 |
愛知県 | 豊橋市 | 精文館書店本店 |
愛知県 | 名古屋市千種区 | ちくさ正文館書店本店 |
愛知県 | 名古屋市千種区 | ON READING |
愛知県 | 名古屋市中区 | 丸善 名古屋本店 |
愛知県 | 名古屋市中区 | ジュンク堂書店 名古屋栄店 |
京都府 | 京都市下京区 | 有限会社大喜書店 |
京都府 | 京都市左京区 | ホホホ座浄土寺店 |
京都府 | 京都市左京区 | 恵文社一乗寺店 |
京都府 | 京都市左京区 | 京都岡崎 蔦屋書店 |
京都府 | 京都市上京区 | 誠光社 |
京都府 | 京都市上京区 | 開風社待賢フ?ックセンター |
京都府 | 京都市中京区 | 丸善 京都本店 |
京都府 | 京都市中京区 | ふたば書房御池ゼスト店 |
京都府 | 京都市南区 | 大垣書店イオンモールKYOTO店 |
大阪府 | 大阪市天王寺区 | ジュンク堂書店 上本町店 |
大阪府 | 三島郡島本町 | 長谷川書店水無瀬駅前店 |
大阪府 | 大阪市東住吉区 | 本のお店 スタントン |
大阪府 | 大阪市北区 | 紀伊國屋書店 梅田本店 |
大阪府 | 大阪市北区 | 紀伊國屋書店 グランフロント大阪店 |
大阪府 | 豊中市 | blackbird books |
兵庫県 | 神戸市中央区 | ジュンク堂書店 三宮駅前店 |
兵庫県 | 神戸市中央区 | 1003(センサン) |
奈良県 | 大和郡山市 | とほん |
鳥取県 | 東伯郡湯梨浜町 | 汽水空港 |
岡山県 | 倉敷市 | 喜久屋書店倉敷店 |
岡山県 | 岡山市北区 | スロウな本屋 |
広島県 | 広島市西区 | 広島蔦屋書店 |
広島県 | 広島市中区 | READAN DEAT |
広島県 | 福山市 | 本屋 UNLEARN |
香川県 | 高松市 | 本屋ルヌガンガ |
香川県 | 高松市 | 宮脇書店 総本店 |
福岡県 | うきは市 | MINOU BOOKS & CAFE |
福岡県 | 大牟田市 | taramu books & cafe |
福岡県 | 福岡市中央区 | ジュンク堂書店 福岡店 |
福岡県 | 福岡市中央区 | ブックスキューブリックけやき通り店 |
福岡県 | 福岡市東区 | ブックスキューブリック箱崎店 |
福岡県 | 北九州市若松区 | ルリユール書店 |
福岡県 | 北九州市小倉南区 | ACADEMIAサンリブ小倉店 |
長崎県 | 長崎市 | ひとやすみ書店 |
沖縄県 | 那覇市 | ジュンク堂書店 那覇店 |